白潟天満宮

島根県立美術館から天神川を渡って
東に進むと見えてくる、
学問の神様として有名な
菅原道真公を祀る神社です。

富田城内(現安来市)に
長く祀られていましたが、
松江城を築城した堀尾吉晴が
ここ「白潟」の地に奉遷しました。

それ以降、歴代松江藩主の尊崇を受け、
庶民の間でも学問の神様として
広く知られるようになり、
現在は松江市民から、
「天神さん」と呼ばれ、
親しまれています。

小泉八雲の代表作
「神々の国の首都」にも
登場しています。

毎年7月24日・25日には、
夏まつりが開催され、
御輿や多くの露店で賑わいます。

境内にあるたこ焼き屋さん
「天神たこ焼き」も有名。
約40年受け継がれてきた
松江市民が愛する伝統の味です。


ふわふわでとろとろの
美味しいたこ焼きです。
神社の周辺には、
ベンチがたくさん設置されています。

冷めないうちに、
ぜひ出来たての熱々のたこ焼きを
お召し上がりください!!

白潟天満宮 公式サイト

白潟天満宮へのアクセス

島根県立美術館から徒歩で6分



白潟天満宮から出発



天神町商店街


白潟天満宮から
松江市市民活動センターの
交差点まで続く、商店街です。

日本三大茶処・菓子処松江。
ここ、天神町商店街には、
老舗の和菓子屋や茶舗が
軒を連ねており、
お土産を買うのにおすすめです。

松江三大銘菓(不昧公三大銘菓)

松江の街に茶の湯・和菓子文化を広めた
大名茶人・松江藩7代藩主
「松平治郷」(不昧公)。

彼が考案した3つの和菓子
山川若草菜種の里)は、
「松江三大銘菓」と呼ばれており、
不昧公が好んだ和菓子として、
松江の土産菓子の定番となっています。

これらの3つの和菓子は、
不昧公が詠んだ歌から命名されました。

この松江三大銘菓を復刻させた
3つの老舗和菓子店の本店は、
3店とも天神町商店街の
周辺にあります。

江戸時代から続く
歴史のある街並みを散策しながら、
お土産のお買い物を
楽しむことができます。

山川(風流堂)

【散るは浮き、散らぬは沈む
紅葉(もみじば)の、影は高尾の山川の水】


新潟県長岡市・大和屋の「越乃雪」、
石川県金沢市・森八の「長生殿」と
共に、日本三大銘菓の一つに
数えられている紅白一対の落雁です。
「赤」は紅葉の山を、
「白」は川(水)を表したものと
されています。

紅白のお菓子なので縁起が良く、
入学式・結婚式などのお祝い事や
年末年始の贈り物におすすめです。

風流堂 寺町本店 店舗情報

住所
松江市寺町151

営業時間
9:00~18:00

定休日
・1月1日
・毎月第1日曜日
※定休日は時期によって
変更される場合があります。
ホームページでご確認ください。


若草(彩雲堂)

【曇るぞよ 雨ふらぬうちに摘みてこむ
栂尾山の春の若草】


落雁のお菓子である
山川と菜種の里に対して、
若草は求肥のお菓子です。

奥出雲のもち米と緑色の寒梅粉を
使用しています。
鮮やかな緑色とやわらかい口当たりが、
春のもえる新緑を連想させることから、
不昧公が1月~4月の春のお茶席に
好んで用いられたお菓子です。

彩雲堂 本店 店舗情報

住所
松江市天神町124

営業時間
9:00~18:00

定休日
不定休


菜種の里(三英堂)

【寿々菜さく 野辺の朝風そよ吹けは 
とひかう蝶の 袖そかすそふ】


春の菜畑をイメージした
鮮やかな黄色の落雁のお菓子です。

表面に散らされたもち米が、
菜畑を蝶が飛びかう様を
表現しています。

また、三英堂では、この3つのお菓子が
2個ずつ入っているセット商品
「松江三大銘菓」が販売されています。
手軽に不昧公好みのお菓子を
味わうことができます。

三英堂 寺町本店 店舗情報

住所
松江市寺町47

営業時間
9:00~18:00

定休日
不定休


松江駅から徒歩で松江城へ
移動する際は、
ちょうど通り道である
この天神町商店街を
散策してみては
いかがでしょうか。

 

 

 


人参方


白潟天満宮のそばにある
天神ロータリーで東を向くと、
道が3つに分かれています。

一番右側の道を進んでいくと、
屋根だけが残った門が現れます。

松江藩6代藩主・松平宗衍が
藩主を務めていた時代、
松江藩は、財政赤字が深刻でした。

そこで宗衍は、
「高麗人蔘」を栽培し、
藩の財政再建を目指します。

ところが、
幕府からの公共事業負担や
自然災害が重なり、
財政がより悪化したため、
事業は失敗に終わります。

その後、息子の
7代藩主・松平治郷(不昧公)が
事業を引き継ぎ、
松江での高麗人蔘の栽培に成功。
海外に輸出し、
松江藩の財政を回復させました。

この門はかつてここに、
高麗人蔘の製造、加工、
流通、販売を行う役所が
設けられていたことの名残で、
この地域は、「人参方」と
呼ばれています。